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とりとめないことをつらつらかく!

余白は美しい

なんで美術が好きなの?ってよく聞かれるんですけど、そのとき「永遠に全てわからないから好き」ってよく答えます。

美術はいつでもわたしに余白を残してくれる。知らないことを残してくれる。だから好き。
知らないことを教えてくれるから。

わからないことは美しいし、
余白は美しい。

でも、わからないことをどうやって「わからない」と認知することが出来るのかって言ったら、勉強したり、知ろうとしたりしないと「わからない」というのが認知出来ないと思います。

だって、勉強したり、知ろうとしたりしなかったらわからないことがわからないとおもうから。

美術はわからない部分、余白は美しい。

じゃあ人間はどうなのかなって思います。


自分のことが自分でわからない、他人が何を考えてるのかわからないっていうのは凄い怖いし、苦しいことだなと思います。

でも、自分に対しても、他者に対してのわからないことも、どちらに共通して言えることはそのわからないことにその人の本質があるのかなって思います。最近ね。

だから、そのわからないことがなぜわからないのか考えること、そのメカニズムを究明することその人の新しいところ、本質を知ろうとすること、理解しようとすることに繋がるのかなって思います。

だから、人間にとってもわからないことは美しいのかもしれません。人間の余白は美しいのかもしれない。
でも、その余白の中に潜っていくことは美術の余白と違って、苦しいことなのかもしれない。

そのことに気がついてたから私は人間の余白を見出すことを避けてたのかもしれないです。